2017年8月27日日曜日

米と米と米と

本記事は iwatameister.com よりこちらに引っ越したものです。
---------------------------------------------------------------------------------

バスマティライス(長粒米の高級品種)を主食にする人からみると日本米はあまりに粘っこいと感じられることでしょう。

そして日本米を食べる人からするともち米は粘性が高く、バスマティライスの方はパサパサし過ぎていると感じることでしょう。

何事も自分の近くにある差異は大きく、遠くにある差異は小さく感じられる。実際の差異は同程度だったとしても。

過去、日本が米不足の折に寄贈されたタイ米が「不味い」と報道されたことがあった。あれは、調理法に問題があったのか、輸送や保存方法なのか、不味い品種だったのか。
実は自分たちがもつ米に対する狭隘なモノサシが全てであるように感じたからではなかったか。


美味しさのモノサシは実はバスマティにも、日本のうるち米にももち米にもそれぞれにあり、それぞれにおける差異を後天的に学習することで理解が深まってくるものだろう。美味しさは先天的な、絶対的なものではないだろう。

ブラインドテイスティングではそれぞれの見た目、歴史、雰囲気、権威などの付随的な要素を隠す形で味覚と嗅覚のみを訴求するものだが、付随的な要素を不要とするものではない。一旦外した上で付随的な要素も再認識し、全体で一つの価値を再認識するためのものだろう。

ブラインドテイスティングは、既存の価値構造をもつ高付加価値ブランドにとってはその強化に、またブランド価値が低い商品についてはブランドを高めていく/適正化していくための端緒を発見することに有効なものだろう。

話は行ったり来たりするけれど、我々が地球を中心に宇宙をみた場合、地球と宇宙しか存在しないが、太陽系外にはほかの太陽系が無数にあり、太陽系が所属する銀河も更には銀河団も無数にある。

自分自身を中心とした味覚の価値は絶対的なものではありえない。我々が○○料理は辛すぎる、○○料理は甘すぎるなどといった単純な感想の向こう側では、辛い世界の差異や甘さの微妙さといったものがあり、故に味わったものによる評価は絶対的なものではありえず、自らの評価基準は必ず偏った片田舎の狭隘なものに過ぎないと告白される形で表されるべきものだろう。

2015年7月25日土曜日

滑川高校ヌンチャク君にみる英語発信の重要性

昨日の甲子園埼玉大会の試合で話題になった滑川高校の代打選手のパフォーマンス。

 高野連のお約束なツッコミが入ったとスポーツ新聞やネットニュースで話題になっていますが
僕が注目したのはYoutube上の再生回数の比較。 

同じ動画だからどんなタイトルつけようが同じようなものなのに、
以下のふたつでは再生数に20倍くらいの差がついています。

  【話題】高校野球 滑川総合の代打のパフォーマンス
再生回数:本文執筆時点で 1,028,030回

  滑川総合 馬場優治選手(3年夏)/ Fantastic Highschool BB Player 150723
再生回数:本文執筆時点で 5,848,637回 

彼のパフォーマンスを扱った動画はほかにも沢山あがっていて、
 視られた回数は分散されているものと思いますが、
最初に挙げたものは日本語だけで構成されたタイトルのもののうち再生回数が最も多いもの。
あとから挙げた方はタイトルに英語を含むものです。 

コメント欄を見ても英語における影響力の大きさが感じ取れます。 

英語話者は日本語話者の20倍いるともいわれますので、
同じやるなら"英語で書かなきゃソンソン"といえそうです。

2015年7月24日金曜日

対立構造を煽るバカ報道について

いま"闇通訳ガイド"というものをおどろおどろしく表層的になぞるだけの報道をワイドショーが展開されていて、親父が居間で午睡しながらそれを見ていたが、ガイドすること自体自然なもので、あとからグレーゾーンやブラックを作ってしまう制度そのものに問題があることにはおそらく触れられないのだろう。 規制の裏側には裏をかく人や抜け駆けをする人も必ず出るし、リスクをものともせず違法行為を堂々とする者もいるが、それが社会的に大きなものでなければ過剰に取り上げて対立を煽るようなものにもっていってはならない。 またこうした規制を知らずに行っているものや、また規制自体のハードルが高すぎて実際的ではないということもこの通訳ガイドの制度を例に多くみられる。 報道はバカに合わせて"心配"エンターテイメントや"怒り"エンターテイメントで収め単純化した対立構造を煽るのではなく、なぜそうなるのかという社会学的観点から全体的構造とそれによって得られている効果と出てきている問題をわかりやすく抽象化し、視聴者に投げかけ、知の共有を促すものでなければならないと思う。 エンターテイメント性を高めるためだけに無用に煽る音楽やナレーションの声がテレビから聞こえてくるごとにバカが増産され対立構造が増幅していく負の効果を考えると、こうしたものこそ自主規制されるような文化性を我々が持たなければならないのだと思う。 "表現の自由を制限することを主張する"表現の自由を声高に発するというのは明らかにバカだが、こうしたバカを増幅する衆愚の報道も無くなってもらいたいものだと思う。 ただし、それが規制された方がいいかどうかといえば、危うさを感じ「そうは思わない」と言わざるを得ないが。

2015年7月14日火曜日

任天堂の故・岩田聡のお父さんは僕にとって気になる人だった

亡くなられた任天堂の岩田聡さんのお父さん、僕と同姓同名だったんだよね。 元室蘭市長で、地元の名士だったとシンガポールにスポーツ雪合戦を紹介にこられてた日本雪合戦連盟の会長に聞いたことあったっけ。 その時の取材して出来た記事がこれ。 炎天下のシンガポールでスポーツ雪合戦‐日本観光をアピール(シンガポール経済新聞) 自分の名前をエゴサーチしてさ、そしたらこのお父さんがいつも僕よりも目立って出てくるのね。 それから人物検索スパイシーなんかでさ僕と彼が混ざったプロフィールになってたり。 なんかちょっと悔しかったり、名前だけで関係ないのに誇り高かったり、いつか超えてやろうなんて思ったり。 この常夏の雪合戦があった年の翌年、2008年にはこの同名のお父さん、83歳で亡くなられてなんかちょっと寂しくなって。これで彼が新しいページを開くことは無くなったからあとは僕が距離を縮めていくだけだなって思ったりしてた。そんな感じで手を合わせたっけかな。 そんな感じでこの息子さんである岩田社長のことは他人だなんて思えなくって。でも他人だから騒ぐこともしてこなかったけど。なんだかショックあるね。 お父さんが亡くなられてからまだ7年なのにね。 ほんとご冥福をお祈り申し上げます。 僕なんかまだなんにも世に残せるものなんか作れてないから頑張んなくちゃ。

2015年7月13日月曜日

平面ガエル

深夜。撮り溜めたビデオを今日の分だけ見終えて、マグカップの底に残ったお茶を一口で飲み終える。

暗がりの流し台でマグカップをゆすぎ、裏返して脇に置いて一歩下がったところでプチリと音がした。

あの空気の入った梱包緩衝材をうまく潰せた時のようなクリアに空気を破る音。

裸足で何か踏んだらしい。

「あのような音がするものは夕食を思い出してみても思い付かないが」

前かがみになり左足を内側に上げて足裏を見る。

なにやらうずらのたまご大の楕円形の輪郭が土踏まずにくっついている。

「なんだろう?」

少し慎重に指先を界面に差し入れるように触れると

その楕円形の物体は落ちた。

キッチンの電気を付けずに少し離れたリビングからのうっすらとした光が届く中、

床に落ちたその物体を眺めようと腰をかがめ、手で拾おうかと逡巡する。

「ぴよこん」

そいつは5センチ跳んだ。

跳んで動かなくなった。

アマガエルだったのだ。

あぁ殺生をしてしまった。

ティッシュで軽くくるみ手のひらに。

腸が下腹部からはみ出しているようだ。

「どうしよう」

仏に拝むように両手を合わせ手と手の間にそいつをティッシュと一緒に挟んだまま念ずる。

「悪かった」と思いつつ。

虫が見つかったときのようにこのまま窓からティッシュごと外に出し、
ティッシュをつまんでそいつを振り落とそうかと考えたが
こいつの場合はそれで生き残る可能性はほとんどない。
この体では繁殖まで至るはずがない。

きっとアリがこいつをみつけ、分解して持ち去ってしまうだろう。

苦しい思いをさせたくないと思った僕は、
結局彼をティッシュごとゴミ箱に葬った。

そいつは僕の足の裏でぴょん吉となることはなかった。

2015年7月9日木曜日

オリンピック開催権はギリシャに禅譲を

オリンピック毎回の世界ドサ回りをやめて新国立競技場をギリシャのアテネに作って毎回ギリシャで開催すればいろいろ解決するように思う。

今週日本政府はもう何回目になるかわかんないミャンマー向けの円借款を1000億円規模でやったし、それも2年前には3000億円の返済の棒引きしてるからギリシャに円借款してあのアホなデザインのスタジアムを彼の地に作ればいい。

ドサ回りで世界中にオリンピック廃墟を作り続けるより、これ以上聖地にふさわしい場所などないギリシャの地で毎4年ごとに開催すればギリシャの金回りも国際的ステータスも国民のプライドもどれだけ回復することが。

2015年6月30日火曜日

GOT(モノのガラパゴス)、GOS(サービスのガラパゴス)


ガラケーから始まった日本のガラパゴス的性質。
利用者を細分化し島宇宙を作り、
どれだけニッチで無視される機能を入れこむことが出来るかの
競争を狭い社会で行い、
フロンティアへ向かうことを忘れてしまっていたか。
これが認識され「我々のケータイはガラパゴス」なのだと認識されたのはまだ記憶に新しい。

よく考えてみて欲しい。

我々はモノにおいてもサービスにおいてもガラパゴスを起こしていないか。

細かい差異はあるが実際の効果はどうかさっぱりわからない美容品、化粧品、機能性飲料、トクホ商品、

多様であることは楽しいことだが、実際に補助金なしに経済的に回せられるのかどうかわからない地方にあふれる第六次産業関連商品。

「おもてなし」って言葉を唱えればいいと思っている過剰と不足がまだらで一方的なホスピタリティ。うるさすぎるアナウンス。

IOT(モノのインターネット)時代がやってきてなおOMGなGOJ(オーマイガッな日本のガラパゴス)。

日本をダメにするうさぎ跳び精神

なんか良さげなこと言ってるのかなって思って聴き始めてみたYoutube。 武井さんじゃなくて、武井さんがインタビューしてる相手のことを「あかんなあ」と思ったのでオピニオン。 【武井壮】日本人に多い間違った働き方!! 武井さん聞き手となっている相手は俣野成敏さんとやら。...